さくららい制作日記

こころと創作について

ビョーティフルマインド

  映画を観ました。「ビョーティフルマインド」

  数学者が統合失調症になる内容です。主人公はノーベル経済学賞を受賞したジョン・ナッシュ。妄想に取り憑かれておかしな行動をとる、とここまでぼくと同じで、やっぱりぼくは統合失調症なのかなあ、と思いました。幻覚とかはないんだけれど。
あと調べていた分野が近いのも親近感が湧いた。まああっちは天才なのでしょうけれど。


  いまもぼくは薬を飲んでいて寝てばかりの生活を送っています。

初詣

  年末に友達たちと忘年会? をして、翌朝は樫原神宮へ初詣にいってきました。
いくときに、減薬してみたら、表情がよくなったって言われました。リスパダールは四ミリも飲んでいたから、体が動きません。


  無理矢理に統合失調症ってことにされて、薬を飲まされている気もしています。医師も統合失調症じゃないかも、とか言ってましたし。薬を飲むと体が動かないし、憂鬱になります。でも悪化したときを考えて飲まなきゃいけない気もします。
  閉じ込めて薬漬けにする病院ってなんなのでしょうね。

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きれい

初詣は巫女さんが可愛かった。いやあ、素晴らしい。巫女さんっていいなー。

勇気

  生きるとはなんなのだろうか、と気怠く思う。

 

  毎日の孤独と苦しみでついにボロボロになっています。

  陰性期の憂鬱と薬の副作用で絵が描きにくくなって、それで死にたいとまで思うこともある。それでも、やりたいことはある。少年少女に贈りたいものができた。


  つよく生きること。

  一冊の本を書きたい。
ぼくは若すぎるから、強さを書ききれる気がしたい。だから等身大でもがいてそれを書こう。
  勇気付ける小説を書こう。

研究の概要

研究の概要
  たぶんだけど、人間の行動のパターンが単純化すると極端になり、感情が生じる(これは知能と呼ぶ)。
  どのように単純化するかといえば、食事パターンやらで単純化する。これはなぜ冬に統合失調症が多いのか説明がつくかも?
   冬のような長い期間に単純化した人間が、感情を発生させて進化したと考える。しかも感情が生まれてきて、それが貧しいグループの中心で生まれる。それが神話じみているかな、と。
なぜかといえば、それこそアウフヘーベン的な説明ができる。
  これは自然演繹体系(NI)と集合論で説明ができる。感情と呼んでいるものは言葉。
  言葉的な認識の知能があってそれは知能と呼べるか微妙なんだ。しかし意識はそういった言葉的な認識の知能に従っている。
人間たらしめているのが言葉的な認識だけではない。ただし言葉的な認識とは色や形からも生ずる。すなわち “小さな集合から” が食料にありつけない場合に言葉的な認識が発生していく。かなり雑に書いたけれど概要はこんなところです。

煙草

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今日は煙草を生まれてはじめて吸って噎せてました。
煙草を吸ったあと、絵が突如として描けるようになり、よくないことかもしれないけれど、陰気なのが治った。陽気になった。もしこの状態がつづくならば作業が再開できそうです。うれしい。DUNHILLという煙草。陰性期に入っていたなら一気に(一時的とはいえ)回復した。煙草は偉大だと感じた。ちなみに悪業! 本編に百華さんが吸っている煙草だ。ただこれからも吸うかは微妙ですが。いや、吸わないでおこう。

部位


  養老孟司さんが言っていたけれど、脳のある部分に注射を打つと話せなくなったりする。ぼくも11月からうまく思考したり絵を描くことができない。

  脳が若干の萎縮している、と言われて自分の頭のなかがどうなっているのか知りたくなった。CTは撮ったけれど、さらに精密な検査があるらしいじゃない。自分のことだから、殊更に興味がある。

  今までのスキルとか、そういったもの、思考もそうだけど全部は脳が支配していて、そこが傷つくとできなくなってしまう。ぼくの場合は環境要因が大きかったと思うけれど、先天性のものは当然あるはず。I.Qとかは下がったりしないらしいので、誰かの手を借りればまだなにか勉強とかできるのかも。とにかくいま回復するために休む。

 

  古い夢を思い出したり、古い記憶がこの頃は呼び起こされる。これはなんなのだろう。

銭湯

 

  友人が泊まりにきて一緒に銭湯へいった。銭湯は昔ながらの銭湯で、入ったらすぐ番台さんがいてお金を払い、大きな脱衣所がありそこで着替える。大きな脱衣所になっている場所は風呂に繋がっている。

  ここまで歩いてきたのだが寒くて、お湯の熱さが心地よかった。

  風呂上がりにフルーツ牛乳を飲んでラムネを買った友人と乾杯した。
  このごろ何かと一緒にいてくれるから暇にならずに済むし、なによりうれしい。脳を回復させるのには地道にこうした努力が必要なのだろう。年末に他の友人たちみんなで集まるらしく楽しみだ。