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さくららい制作日記

こころと創作について

説教 自分の意思なんて……

今回は説教です。

この頃は新作漫画のネームをいろいろ完成させたのですが、それはまた次回。

以下の本文は説教なので読みたくない人はパスして下さい。

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ハーピー「ああ、この狐娘の頭? まずいから食べないんだ。……ほしいのか、いいよ。もっていきな。何に使うかわからないけど」

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クロワッサン


アスペルガーは治らないですし、自分がなぜ苦しんでいるのかも客観的に把握できないというね。自由意思とはなんだろう。


アスペルガーに限らず、客観的に把握するなんてできないけど、アスペルガーの場合は異常をきたしていることにすら気づかないことが多い。人間、とは。自由意思、とは。


なんだろう


それをまったく知らない、わかってない人が多すぎると思うのですよ。

人間にははじめから客観的に把握できる意思なんてないのです。

答えなどなくて、ただわからない、としか言えないのですが、それだと誰も納得しないから、答えではないが選択していくだけだ、それが自由と呼ぶものです。


なんの話かというと、大学とかの関係者が「努力している人もいるし頑張っている人もいる。この時を無駄にしないこと」なんてことをしょっちゅう生徒や僕にも言いまくっていたから、大学に努めるレベルの人でも理解してないんだな、という忠告をしたくなりました。

自由意思などなく、ただ自我の中を彷徨い歩く。ですから、努力しようとか時間を大切にする、なんて論理は成り立たないのですよ、厳密には。

それを体験的に把握してない阿保の人たちのために簡単にまとめてみるとね、自分が努力できるかどうかなんて、自分ではどうにもできない、ということ(アスペルガーは特に)。

どこまでが病気でどこからが病気じゃないのか、普通とはなにで異常とはなにか、これらはよく議論されるけど、突き詰めてなさすぎてお話しにならないでしょう。

まあ、僕にもわかりませんし、医師にもわからんだろうと思います。

よくあるのが、努力している人もいるから、あなたも努力しなさい、とかね。

わかるんですよ、それを言いたくなる気持ちはね。

相手がどれだけ悩んでいて、相手がどれだけ努力しているかなんて、他者にはわかりっこない。


追い込む言葉になりかねない。

気をつけてほしいですね。


それでは次回の更新まで!。