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さくららい制作日記

こころと創作について

著者権を考える

絵師のGoogle画像を参考にした、ってのは文字書きのWikipediaを参考にした、みたいな話であって、咎められるような問題ではない。

ってなんでこんな話をしたのかというとね、僕の絵が画像を参考にしたろ? って指摘があったからなんだ。

僕は画像検索やWikipediaを活用しまくっていて、胃が痛い話だが、読んでほしい。描く人も取材なり資料なりで調べ抜きたいけど、お金も時間もないのだ。

 

ここから離れが別方向へ進む。

僕はこれから(も)ネットで活動するつもりで、もっともっと本格化させようと思う。

そこでいろいろ調べたことから思考して、冒頭で述べたような権利の話をしようと思う。

 著作権はいつでも議論がなされているけど、いまだこれだ! って論説はみたことないし、例えば使える一コマが著作権的にセーフかアウトってのは難しい。同人漫画なんか転載されまくっていて、著者は不利益なわけだが、無料で読める読者は著作権的に違法かどうかはあまり効力が及ばない。漫画や小説が転載されることと、画像を参考にして絵を描いたりすることは、まったく別の話だ。

著作権は権利の話であるからね。単純な話では、それは直接的に著者が不利益を被るかって話だ。だから、使える一コマは著作権侵害とはいえない。もうちょい書くと、一コマが商業として成り立っているのか? を考えればいい。

ただし誰の一コマかは明示する必要あるだろう(そうしなければ商業だけの話になる)。

そもそも商業的な著作権とオリジナルの権利はまったく別の話。

ドラえもんの最終回事件やポケモンの事件と今で決定的に違うのはpixivの存在。みんなが望んだ世界のためには法は変えらる必要がある。まあ、また変動するだろうね。

これから商業がどんどん縮小化し個人活動が拡大化すれば二次創作物に対していやでも事実上の合法化するんだろうよ。

 

著作権の規定ですべてを管理できると思い上がった人がいそうだ。著作権自体に無理があるのは明らかだと僕は考えている。著作権の記述で規定される事例より遥かに例外が多いからだ。だから、もう頭がおかしくなるように例外を潰していくのが実は正攻法だと思うよ。

 

商業的ではないオリジナルな作品が転載されたときになんの問題があるかは実はあまりない。サイトAの画像がサイトBに転載されたところであまり大きな問題はない(誤読注意)。つまりは画像転載は問題ないとロジカルに導きだすことができるが、納得できないものだ。

しかし、考えてみれば当然のことだ。教室Aに飾ってあった絵を教室Bに飾ってもそこに創造権利への冒涜はない。なぜ、これほど自分の絵が他処へ飾られることに拒否反応があるのか。それは恥ずかしいからと自分の意図を変えられることへの情緒的問題があるだろう。だから、あなたは間違いだとはいけないけど、なんでそんなことするの! とはいえるわけだ。絵にはサインを入れるのがベスト。