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さくららい制作日記

こころと創作について

障害者福祉と家族についての願い

医療 文化

  これは、説教ではなく願いです。

  NHK番組「この町で生きる 障害者福祉をめぐる模索」観ていた。多動の症状がでていて部屋をぐるぐるまわっていた。どこも似た症状と似た問題を抱えている。家族が支えていること。          

  ドライバーを持ち出して土を掘りたい、と言って外にでたがり、それを不安からか止める家族とそれに不快を仕草をする患者。患者は物事が上手くいないこと、自分の病気にとらわれていることに悩む。番組では、誰かにしてもらうのではなく、誰かに言われて行動するのではなく、主体的な行動をさせることで患者は自信を持つようになる、と教える。

  主体性を持つこと。それは、家族に知識と体力があるかにかかっている。たとえば、暴れる患者や理解できないことをする患者を患者が守れるか。それができないのならば病院や施設に任せるべきではないのか。患者にとっての幸せがなんなのか。それが番組での主体性を持つということではないのか。つまり患者が自分で自分の幸せをみつけられるかどうか。それをサポートできるかどうかではないか? きっと、家族も患者も生きた心地がしていない。毎日が苦しくて、つらい。生きていることが苦行に感じている。それは不幸だ。もう一度、生きていることに喜べるようにならなければいけない。諦めないでほしい。わたしは病気なのだと、これは心の闇なのだと片付けてしまってはいけない。思えば思うほど、無気力になり、怒りに支配されてしまう。まず、わたしにできることはなんだろう。そう考えてみる。あれができない、これができない、とマイナスに消去法で考えるのではなく、あれはできる、頑張ればできるかもしれない、と考える。あるいは、それを応援してくれる仲間がいるとよい。

  人には尊厳というものがある。その尊厳を犯してはいけない。あたりまえのことだ。けれど、それは学ばなければいけない。学んでも、忘れてしまいがちになる。ゆっくり、相手を思わなければならない。人間はとてもよく学ぶ生き物だ。よく人間はおろかだという。たしかに人間は多くの間違いをした。でも、そのたびに多くを学んで、前へと進もうとしてきた。それが歴史というものである。