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さくららい制作日記

こころと創作について

諦めること

  ぼくの奥の方の原動力は人間への憤りだからか、どこかで人間に諦めがある。それは嘲笑ですらない。たぶんそれが赦してしまう性格を築きあげてる。コップの水が溢れるともう溢れてしまう心配のないように。

  精神上の免疫なんだろう。これ以上なにかに怒っても、変わらない。ガキの頃から諦観でいたから、まわりのガキには到底理解できなかったろうな。

  諦めたとこから老化は始まるらしい。生きている人間は何かしろ、命とか夢に希望を持っている。それを諦めたら、もう人間である必要すらなくなる。そういうことだ。

  親戚のじいさんが病室であと少しで確実に死ぬというのに、鈍感で退院したら、と話していた。あんな風になれればいいけど、まあ無理だろう。

  あたりまえというか、命を諦めるときが来るタイプの人は、この現世に「何かを遺す」とかはなんの希望にもならない。なぜって、完全に消えてしまう人間にとっては、「諦める」ことしかできなく、「遺す」ことにはなにもない。