悪業! 狐のお仕事 乙女の巻
悪業! 狐のお仕事
乙女な狐の巻
事務所。
六花「今日はヴァレンタインですよ!百華さんは誰かにチョコあげたことありますか? ひょっとしたら百華さんも……」
百華「ない、あるわけないじゃろ」
六花「うう、だと思いました。わたしはチョコあげたいのになあ」
百華「うむ、あげたらよいじゃろ。じゃがの、イヌ科にチョコは禁忌」
学校。
家庭科室でチョコレートをつくる六花。
六花「よし、つくるですよ」
七海「へえ、ゆきちゃんも好きな人いるんだ」
六花「うう、いないけれど……」
七海「知ってる? ヴァレンタインって聖バレンティヌス司教が撲殺されて、恋愛とは関係ないんだって。ゴディバはなんて説明するんだろう?」
七海「義理チョコっていって、恋人ではないけれど、お世話になった人にチョコを渡すこともあるんだって」
六花「へえ(クダラさん……まさかあ、でもお世話になってるしなあ)」
七海「お歳暮みたいなもんだよ」
六花「お歳暮……(イヌ科はチョコ苦手で、狐娘もあまり健康によくないのかも)」
六花「(百華さん、チョコとか好きそうにないですし、喜ぶかなあ……)
七海「お物思いにふけっているその顔、もしかしら恋だね!?」
六花「それだけはないですよ! 絶対!」
ニヤニヤ
七海「ふーん」
七海「むかしから社交辞令として物をあげることはあったらしいんだ。かの釈迦はスジャータという娘から乳粥をもらって生き延びたらしい」
六花「乳粥!? 」
七海「そう、乳粥」
六花「そんなエロティックなものを!?」
七海「そうだよねえ、いまの価値観からすれば」
六花「ど、どうしよう。乳粥はつくれませんし、チョコも難しいです」
七海「なんだい、その想い他人は好き嫌いがはげしいみたいだね」
六花「そういうわけではないんですよ。でも、なにか恩を返したい、というか。べ、別に好きじゃないですよ?」
七海「おはぎとかどう? なんの日だよ、って感じだけど」
六花「おはぎ、それに決めました! ヴァレンタインはおはぎをあげます!」
七海「おはぎかあ、つくるの手間がかかるよ。スーパーでも売ってるんだけどね、どうする?」
六花「うっ(手作りだと間違いなく下手くそと言われますし、どうしたらいいのだろう。)」
七海「好きな想いを大切にしな」
六花「うーん、好きなわけじゃなくて、どっちかというと嫌いで……スーパーで買ってもいいかなあ」
七海「大切なのはあげる、ということ! 私は手作りするけれどね」
…………
(ということで、スーパーでおはぎを買って事務所にきました)
百華「なんじゃ、なにかうしろに隠しておるな。はよみせい」
六花「く、くだらさん」
百華「かしこまりおって、辞める気にでもなったかの?」
六花「あの、これ……ヴァレンタインですよ」
百華「…………おはぎ?」
六花「嫌いですか?」
百華「ふふ、乙女じゃのう!」
六花「べ、べつに特別な意味とかないですから! 義理ですから! 義理おはぎ!」
百華「あー……なんじゃ、おぬしも変わり者じゃのう。わしに義理でもあげにきたやつはそうはおらぬ。あげておらぬから当たり前じゃが」
六花「あの、日頃おせわになっているから……ありがとうございます」
百華「こちらこそ」
(うれしい)
百華「ところでユキよ。わしもチョコを買ってきたぞ〜」
六花「え、わたしにですか!?」
百華「そうじゃ」
六花「うれしい! うれしい!」
百華「イヌ科にチョコは毒じゃから、食べすぎてはならぬ」
六花「はい!」
(ものをあげる、それは想いを伝えること。義理でもいいじゃないですか?)
おわり
体力
今日も作画作業。
漫画を描くってすっごく大変なんです。
体力的な問題はでかくて、ぼく机に座って作業していると、すぐ他のことをしたくなります。
pixivで悪業! が280位くらいでした。 喜んでいいのか、泣いていいか。
https://t.co/ZX2XMaGcAO
個人の制作なので、内容的に、または絵的に難しい場面などはばっさりカットしています。
絵を描くとき、なるたけ冷静に作業的に描いているのですが、その理由は感情移入しすぎるとどす黒いものがでちゃうから、という。
まあまあ、ぼちぼち気楽にやりたいものです。 なんてったってニートなんですから。
作り手と受け手の友情
漫画を描きすすめて、思ったこと。
誰かを励ます作品をつくりたい。
人生いろいろある。ツイッターで五年ほど呟いて、そのなかには自ら命を絶った者や、社会的に成功した人がいます。ぼくみたいにリタイアしてニート生活をする人もいるし、みんないろいろな暮らがあります。そのなかで、生きていてよかった、感動した、といった出会いがあるでしょうか。
それは結局、自分次第なのかもしれません。
世を見渡す目がまっすぐならば、芸術はあなたの方へ集まってきます。
やっぱり、なかなか苦しい日々があるかたも多い。まっすぐ見ることが難しいときもあります。そこで、寄り添うようにものづくりであってほしい。むかし、職人が一生懸命につくった品を何年も大切にしていたように。割れた陶器を金継ぎしていたように。
モノと人。お互いによい関係を結び、作り手と受け手がしっかり信頼しあえば、それは真の友情なのではないでしょうか。
こころ
思えば、誰かに振り回されてばかりの人生だった。
主に、家族とうまくくいっていなかった。幼い頃は、姉が事故にあい、兄は精神病でよく暴れ、苦労は多かった。不幸な人生だと自分で慰める。ぼくは疲れてしまった。
梅田、それから天満や京橋でブラブラしていた。いろいろな物があって、いろいろな暮らしぶりがある。ビルの陰からビルの陰へ移動し、人間を観察した。
電車に揺られる。
「俺、歳上が好みでさあ」
「わかる。歳上のお姉さんっていいよね」
高校生だろう。
「25くらいまでならぜんぜんあり。30とかになってくると、さすがにちょっと」
ううむ。そうか、お姉さんは25歳くらいまでなのか、30はおばさん?。
精神の成熟とはなんだろう?。
25歳の女性の精神が、どういうものなのか、ぼくはよくわからない。社会人として自覚を持って、そろそろ結婚を考えているのかもしれないし、ずっと独りを貫く決意があるのかもしれない。
歳上の女性に憧れの気持ちの若さか、いいな。スカートの裾を気にする女の子や、お姉さんに憧れる潤いのある気持ち。そうして、潤いをなくして、枯れて、うしろめたさ、恥じらいをなくしてしまったら、おばさん、おじさんになるのだと思う。
忘れたら、おばさん、おじさんになって、自分が小虫であることを考えなくなるのだろう。それで尊大な考えを持つようになるのだろう。立派な人とは常に自らの小ささを感じているものだ。
自宅に着いてから、毎日寝ている蒲団に横になった。最近、ずっと蒲団で寝ている。
寝ていながら、生きていることの辛さや苦しさを感じている。
君たちは革命をするべきか
儲かる職業があって、そうではない職業がありますね。儲かる職業っていうのは、ほとんどは能力の高い人間にしかつけない仕事です。それは競い合いの社会だからですが、じゃあ能力がない者はどうなのか、自由を獲得するにしても、獲得できない人がいるではありせんか。競い合いの社会にでて負けないように教育がありますよね。賢い子は早い段階で負けと勝ちを決めて勉強をはじめる。しかし、誰もが勉強が得意なわけではない。そこで狐たちは熱心に仕事を教えているんですね。まあ、そのなかで自分が社会でどのような立ち位置にいたいかはでてきますよねえ。
★
今描いている悪業! 狐のお仕事は半径五メートルの世界なんですよね。それは、現代の社会的な冷凍食品を食べたり、パソコンを使っている生活。こうしてツイッター(ブログですが)に呟いてしまえばそこで完結できる内容かもしれない。でも描いたからには伝われ、って思います。描いたことの熱意が伝わってくれたらよい。
善良になろうとする動きは確かにツイッターにはあります。繋がりあっていますからね。わざわざ雑誌に掲載させなくとも主張はできる。 だからぼくは商業にこだわらない。食えないのですが。
★
土木の仕事の現場では、力を使ってクタクタになるのに、日当が数千円だとかいう。また友人がよくやっていますが、日雇いの仕事だと、一日中使いたおされてしまう。それはいわゆる儲からない仕事です。結婚はむずかしいし、その家族のもとで生まれた子どもはどうなるんですか。この問題に答えたい。
学生の憧れは優等生なり学校の先生だったり、狭い範囲の憧れです。あらゆる思想が、そこから出発してしまっいる。だから未だに東大だの話題になります。ところが世界にはさまざまな大学があり、また仕事がある。それは経験しなくてはいけない。
社会的な害悪とされたサブカルチャーがいまや大きな産業となっているように、社会的な価値は移ろいやすい。多様な視点が持てるように経験が必要になる。なのにメディアの発言力はマルマル大学の博士だの、先生だのになって、もったいない。
言論なんか虚しいだけだ、と堕落するのもわかるけれど、ぼくはまだ元気なんですよ。
わかってもらうために共通のツールとして漫画があった。ツイッターやブログがあった。
大学闘争の歴史は集約されてしまい、暴力による革命は失敗したことになっている(おいおい)。